【コラム】自然に還る旅 ~ 変わりゆくドイツの葬送文化 ~

カールスルーエの中央墓地
ドイツ・カールスルーエの中央墓地

無宗教者が4割を超え、キリスト教信者が減り続ける傾向にあっても、ドイツ社会がキリスト教を基盤として成り立っていることに変わりはない。葬送文化もまた、キリスト教の伝統や価値観をベースとしているが、人々の意識の変化がそのあり方に大きな影響を与えている。近年の傾向を端的に表すなら、それは簡素化、無宗教化、そして自然回帰ではないだろうか。

本稿では、ドイツにおける葬送の仕組みをひも解きながら、新たなスタイルである「遺体のコンポスト化」と「森林葬」についてレポートし、葬送文化の最新事情をお伝えしたい。なお、本稿は筆者個人の見解に基づいており、宗教に関する記述に誤りがある場合はご容赦いただきたい。

あるドイツ人女性の場合

カールスルーエの中央墓地。前方では、参列者が見守る中、納骨壺の埋葬が執り行われている。墓の種類には20年契約、永代契約などのバリエーションがある
写真1 カールスルーエの中央墓地。前方では、参列者が見守る中、納骨壺の埋葬が執り行われている。墓の種類には20年契約、永代契約などのバリエーションがある

数年前、親しくしていたドイツ人女性が79歳で亡くなった。亡くなる10年ほど前に乳癌が見つかり自然療法を続けたものの、充分な効果が得られず最期は緩和ケアを受けながらホスピスで息を引き取った。死を悟った時、他人にはうかがい知れない葛藤があったはずだが、闘病中の生活はあくまで前向きで、動けるうちに身の回りの整理を済ませていた。近親者・知人・友人に別れを告げて旅立ったその潔良さに、自分も最期はぜひこうありたいと思ったものだ。

彼女はキリスト教徒(プロテスタント)で、先に亡くなった年上のご主人もキリスト教徒であったが、こちらはカソリック。両者とも離婚を経た再婚カップルだったが、再婚の手続きに苦労していた。法律上の話ではない。カソリックでは教義上、離婚が認められず、宗教上の婚姻は前妻が亡くなるのを待たなければならなかった。

喪主は一人娘が務め、火葬の後、教会に隣接する公会堂で納骨壺を前にお別れのセレモニーが催された。教会式ではなく無宗教式で、宗教者ではない司会者が、数十人の参列者を前に進行役を務めた。故人を知る音楽家の演奏、弔辞、喪主の挨拶などを含め、時間はおよそ30分だったと思う。 その後、納骨壺を抱えた墓地の管理者を先頭に、隣接する公共墓地へ移動し、穴に納骨してセレモニーは終わった。約2㎡の墓には、以前亡くなったご主人と、他に身寄りのなかった叔父の遺灰がすでに納骨されている。彼女は無宗教の葬儀を望み、墓には十字架など宗教を連想させるものは見当たらない。その後、希望者が連れ立って近隣のレストランに移動し、会食してからお開きとなった。

個人主義の色合い

墓地の管理者が納骨壺を収めた穴を埋め戻している。墓石は後日整備される。墓の種類には20年契約、永代契約など多くのバリエーションがある(カールスルーエ中央墓地)
写真2 墓地の管理者が納骨壺を収めた穴を埋め戻している。墓石は後日整備される。墓の種類には20年契約、永代契約など多くのバリエーションがある(カールスルーエ中央墓地)

そういった経験と今回の取材から浮き彫りになったのは、ドイツと日本の葬送文化の共通性と違い。亡き人の尊厳を重んじ、別れを悲しむ気持ちは共通で、スタイルは違えども厳かな雰囲気の中でセレモニーが執り行われる点に違いはない。

そもそも、ドイツの葬送文化をひとくくりに語るのは無理がある。主な宗教だけでもキリスト教、イスラム教、ユダヤ教などがあり、そこに無宗教者が加わるから、統一された宗教観と呼べるものは存在し得ないが、本稿ではそれを承知の上で、あえてキリスト教的な価値観に軸足を置いて話を進めたい。一方、日本に関する内容は筆者が馴染み親しんできた仏教の習慣が主になる。

独日を比較すると、やはり違いの方が圧倒的に多い。まずドイツの場合、墓は個人あるいは夫婦単位で作られ「○○家(一族)の墓」は少数だ。適当な表現か定かでないが、日本のような「先祖信仰」がなく、個人主義の傾向が強い。 命日に墓参りしたり、部屋に飾った故人の写真に語りかけることはあるが、それは故人への想いの発露であって、先祖への祈りという要素は含まない。日本のような法事は一般的でなく、また○○回忌に何人かの故人を一緒に弔うような習慣もない。

火葬と納骨

火葬の位置づけもかなり違う。日本であれば火葬場に参列者が集い、火葬後に収骨するなど、葬儀のハイライトと言えるだろう。ところがドイツの火葬場(少なくとも松田の住む、バーデン=ビュルテンベルク州カールスルーエ)はほぼ純粋な作業施設であり、普通、遺族が立ち会うことはないそうだ。

一方、イギリス人の知り合いに聞いたところ、彼の地元スコットランドの火葬場は日本のそれに似ていて、近親者・友人・知人が集うスペースになっているそうだ。そうしてみると、この点は宗教の教義より、国や地域の個性に強く左右されるようだ。

納骨の様子も異なる。日本で土葬を目にしたことがないので実は比較できないのだが、遺体を収めた棺でも、小さな納骨壺であっても、参列者が一握りの土をかけ、花や記念の品を穴に収めて解散となる。人気がなくなってから管理者がやってきて、淡々と穴を埋め戻す(写真2)。

なぜ参列者の前で埋め戻し作業をしないのだろう? 筆者は、穴が閉じるのを最後まで見ることで気持ちに区切りがつくようように思うのだが。写真2の職員を含め数人の関係者に聞いてみたが、口をそろえて「知らない」「習慣だから」、あるいは「自分が参列者の立場でも、やはり見たくない」といった答えが返ってきた。

調べてみると、埋め戻す行為は機械的な作業で長い時間がかかり、故人の尊厳を保つのが難しい。あるいは、土ぼこりが舞うので衛生的に問題がある、などの解釈を見つけた。 棺はさておき、納骨壺の埋め戻しに必要な土はバケツ2杯で充分だから、これらの説明はどうもしっくりこないが、とにかく社会通念として定着しており、ここでのお別れが葬儀全体のクライマックスと言える。火葬にしても納骨にしても、日本とドイツでは様式と重要視する部分が違うわけだ。

死去したら?

ここで、人が亡くなってから葬儀が終わるまでの流れを簡単に整理しておきたい。なお、ドイツは州によって遺体の扱いや埋葬方法を定める法律(州法)が異なる。大枠は同じだが「A州では許可されていないが、B州では可能」のような話があるから、なかなか複雑だ。ここではカールスルーエの墓地・葬儀課作成の資料を基に内容を整理したい。

【死去後】

  1. 速やかに医師に死亡診断書を作成してもらう。
  2. 戸籍課で死亡証明書を発行してもらう。
    • 故人に関わる、以後のほぼすべての手続きに必要。
  3. 36時間以内に、遺体を所定の場所に移す。
    • この間に、近親者・知人・友人はお別れを済ます。
    • 衛生上の観点から、それ以後自宅に遺体を安置することは許されない。宗教に則った葬儀を希望する場合は、所属する教会に相談。
    • 多くの場合、火葬や埋葬の日程が決まるまで葬儀社に管理を任せる(安置所)。
  4. 葬儀の様式を決め、諸々の手配を進める。
    • 土葬、あるいは火葬?埋葬方法は?(墓地、森林葬、散骨?)
    • 葬儀の手配、参列者への連絡など。

詳細は、自治体の墓地・葬儀課や、葬儀会社に問い合わせるとサポートしてくれる。墓地・葬儀課が作成するパンフレットには、墓石店、葬儀会社、花屋などの連絡先が紹介されている。

遺体のコンポスト化

枯草を敷き詰めたマイネ・エルデのココーン(© MEIN EERDE)
写真3 枯草を敷き詰めたマイネ・エルデのココーン(© MEINE ERDE)

筆者も含め、中高年ともなれば自分の葬儀や遺体の扱いについて一度は思い巡らせた経験があるだろう。近年、新しい手法として遺体のコンポスト化の技術が確立され、急速に認知度を高めている。ここでは、ヨーロッパで最初に実用化に至ったマイネ・エルデ(Meine Erde、「私の土」の意)を取り上げたい。

遺体は、干し草を敷き詰めた棺「ココーン(繭の意)」に安置される(写真3)。お別れを済ませた後、蓋をかぶせ、温度と空気供給をコントロールし、適切な頻度で容器を傾けるなど、微生物に最適な環境を保つ。プロセスは思いのほか早く、内容物は約40日でほぼ完全な土に還る。ココーンの見た目はシンプルだが、これ自体がハイテクの微生物培養槽の役割を果たしている。

マイネ・エルデは火葬に代わる遺体の処理方法と位置づけられる。プロセスに電力と時間は必要だが、火葬のように多量のエネルギーを消費することがなく、特別な処分を要とする焼却フィルターもないなど、極めて環境にやさしい。マイネ・エルデを開発したCirculum Vitae社(キルクム・ヴィータエ、ラテン語で「生命の輪」の意)のウェブサイトを見ると、自然との融和を理念としており、微生物の力を借りたゆっくりした遺体の遷移と、自然への回帰を重んじている。

土葬ではダメ?

自然を歩くことが好きな筆者にとって、マイネ・エルデのイメージはすこぶる良い。しかし同時に、それなら土葬でいいのではないか? という素直な疑問も浮かぶ。まずこの点をCEOパブロ・メッツ氏(Pablo Metz)にうかがった。

メッツ氏:「土葬により、遺体が速やかに土に還るとは限りません。当社のあるベルリン地域は元々湿地帯で地下水位が高く、20年を経ても遺体が残る場合があります(例えば死蝋化)」。

遺体が土に還るプロセスを最優先に考えるなら、土葬は必ずしも理想的とは限らない。地域環境と使用する棺の材質によっては、プロセスがうまく進まないからだ。また、土葬は地下水を汚染しないよう注意を払わなければならず、水源の7割を地下水に頼るドイツでは気を遣う。

メッツ氏:「また多くの人が、遺体であっても自分の体が虫に喰われるのを気持ち悪い、できれば避けたい、と考えています。この部分でも、マイネ・エルデは人の心情に寄り添っています」。確かに自分の体が虫に喰われる図は想像したくないものだ。

時代の流れ

ドイツの葬送のあり方を調査・分析し、助言を与えることを目的としたNPO・Aeternitas e.V.の資料からも、火葬を選ぶ人が急速に増えている様子がうかがえる。同協会の資料によれば、1993年時点で火葬を選ぶ人が33%:土葬67%だったものが、2024年には80%:20%に逆転している。わずか30年でこれだけ激しく変わるとは驚きだ。

要因は虫だけではない。そこには宗教的、社会的、経済的な要因が絡み合っている。一つだけ挙げると、火葬の方がトータル費用が安く、土葬のおよそ1/2~1/3で済む。ちなみに、マイネ・エルデによるコンポスト化の費用(4,250ユーロから)は、火葬とほぼ同等になるそうだ。将来的に、火葬の1/3をコンポスト化に置き換えることがメッツ氏の目標だが、それにはかなりの時間と忍耐が必要だという。

メッツ氏:「現在、コンポスト化が認められているのはシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州のみで、他の州は許可待ちです。既存の法律を変えなければならないため時間がかかります。州としての積極的な反対はありませんが、誰しも『初めて』に対して慎重になるものです。付け加えるならば、火葬産業は明確に反対の立場です」。

葬儀産業にも持続可能性

実用化に至ったのはマイネ・エルデがヨーロッパ圏内唯一だが、アメリカにも同種の企業が複数存在する。それらと比較した特徴は?

メッツ氏:「ハイテクと省エネ・省資源な点です。遥かに少ないエネルギーと日数で、スマートに事を運びます。マイネ・エルデの場合、遺体の体重が80キロならば最終生成物も約80キロになりますが、某社の技術だとこれが500キロになってしまいます。

また、アメリカの場合『まず実用化。問題が生じればその都度対処』のような開発が可能ですが、ドイツでは、実用許可を得るまでの準備と手続きが大変です。プロセスの詳細、衛生的な問題の有無、環境への影響など、専門の研究機関による証明が必要で、審査にも時間を要します」。

コンポスト化は約40日で終了し、残った骨は人工骨などを取り除き適度に粉砕してから、一緒に埋葬する。その場所に故人の好きな花を植えてもいい。このようにして遺体は自然の循環の中へ静かに戻ってゆく(写真4)。同社は2022年に最初の遺体をコンポスト化し、この4年間で約70体の実績を持つ。

マイネ・エルデでコンポスト化した内容物を埋める墓穴。棺の埋葬とは違い、深く掘る必要はなく、70センチ程度で充分(© MEIN EERDE)
写真4 マイネ・エルデでコンポスト化した内容物を埋める墓穴。棺の埋葬とは違い、深く掘る必要はなく、70センチ程度で充分(© MEIN EERDE)
棺を埋葬する準備を整えた通常の墓穴。深さは1.5メートルほど。十字架が仮置きされているのは掘り起こした土の山。マイネエルデ用の墓穴に比べると扱う土の量が多い(カールスルーエ中央墓地)
写真5 棺を埋葬する準備を整えた通常の墓穴。深さは1.5メートルほど。十字架が仮置きされているのは掘り起こした土の山。マイネエルデ用の墓穴に比べると扱う土の量が多い(カールスルーエ中央墓地)

キリスト教との親和性

同社の活動は宗教的に中立で故人の宗教は問わないが、40日はキリスト教にとって重要な意味を持つ日数だ。例えば「40日間の断食」「キリストの復活から昇天」など、ことあるごとに登場する。

ドイツに近代的な火葬場が初めて建設された1880年代、ドイツのカトリック界は当初、火葬に反対していた。ほどなく反対はなくなったが、現在でも土葬を勧めているそうだ。土葬と同じとは言い難いが、火葬よりコンポスト化の方が、心理的な距離は近いかもしれない。

近年の環境意識の高まりを受け、教会団体は葬儀が環境に与える影響に敏感になっている。葬儀にも省エネが求められる時代であり、マイネ・エルデはその方向性に合致している。 このように、マイネ・エルデはキリスト教との親和性が高い。決してキリスト教に焦点を合わせているわけではないが、ドイツの主な宗教であるキリスト教からの反発を招かないような配慮は、ビジネスに不可欠だろう。

自然葬の代表例

さて現在、遺体は高い割合で火葬されているが、遺灰の扱いには厳しい制限がかかり、基本的に公共の墓地やそれに準ずる施設・場所に埋葬・散骨されなければならない。自宅に持ち帰ることは法律上許されないなど、自由度が少ない1)。

その背景には、遺灰であっても人としての尊厳を守り、粗雑な扱いを許さないという厳格な思想がある。したがって「ゴミ屋敷化した家を大掃除したら、袋に入った誰かの遺灰が出てきた」のような笑えない話が生まれる余地はほとんどない。また、遺体や遺灰を過激思想の象徴的な道具として利用されないよう、公共の管理下に置くためという説もある。

ここでは、新しい自然葬のスタイルとして25年ほど前ドイツに登場した森林葬を取り上げたい。パイオニアであり、全国で96カ所の森の墓地を運営するFriedWald社(フリード・バルト、「森の墓地」の意)の管理する、ヴィーゼンバッハの森の墓地(写真6)を見学させていただいた。

  1. 2025年9月、ドイツのラインラント=プファルツ州は埋葬法を全面的に改正し、他州に先立ち骨壷や遺灰の取り扱い(自宅での保管を含む)に関して多くの自由を認めた。

明るいブナの森

目的の森に近づくと、かなりの数の車が停まっているのに少々驚いた。土曜とはいえ天気の悪い冬の日に、森の中でまとまった数の車を見ることはまずない。後ほど話を聞いたところ、ちょうど森林葬が行われたところで、予想30名のところ10倍以上の参列者が集まり、駐車場が飽和したのだそうだ。

筆者を迎えてくれたのは、州の森林局の職員でこの森の管理を担当するマテム森林官(Mathern)。FriedWald社の社員ではなく、なぜ州の職員が対応してくれたのか、まずはその点から説明しなければならない。

この森の所有者は州で、管理も州の森林局が行っている。墓地の有無とは関係なく、林道の管理、看板や標識の整備はもとより、健全な森を維持するため日々作業している。この森は特別に墓地としての使用許可を得ているが、その許可を出すのは地元自治体(市町村)だ。ドイツの墓地は基本的に自治体が管理している。 FriedWald社は、この森で墓地を運営する事業者、そしてコーディネーターと位置づけられる。墓(納骨壺を埋めるスペース)の提供とその管理、見学会の実施、トイレやセレモニー用のスペースの整備、故人・遺族との契約や料金の徴収などが具体的な業務だ。

3角形の協力体制

ドイツ・ヴィーゼンバッハの森。手入れの行き届いたブナの森で、選ばれた成木の根元に納骨壺を埋める。テープは墓として利用される木の識別用で、色は墓の種類を示す
写真6 ドイツ・ヴィーゼンバッハの森。手入れの行き届いたブナの森で、選ばれた成木の根元に納骨壺を埋める。テープは墓として利用される木の識別用で、色は墓の種類を示す

墓地の管理は地元の森林局とその職員に委託され、FriedWald社員が配置されているわけではない。森林局にとっては、本来業務に墓地管理が加わったことになる。同社の広報責任者ペーター・シェッフラー氏(Peter Scheffler)によれば、所有者(州)、地元自治体、FriedWald社が、3角形の協力体制を築いている。

3者それぞれにメリットがあり、金銭的には同社から州に管理委託料が支払われている。自治体にとっては、墓地を管理運営する必要がないから極めて安上がりで、人手もかからない。ちなみにマテム森林官は業務の一環として墓地の管理をしており、墓地管理を名目とした特別手当が支給されるわけではないそうだ(時間外労働に対する手当は出る)。

話をうかがうと、森林官が墓地の管理を兼任しなければならない必然性が理解できる。健全な成木の根本付近に小さな穴を掘り、そこに生分解性の素材で作られた納骨壺(写真7)を埋めるが、この先10年や20年の単位で健全に育ってくれる木でなければ困る。自然の営みとして木が枯れ、新たな木が芽吹くのは構わないが、数年で枯死したのでは、はなはだ具合が悪い。また、どの位置に穴を掘るかも森林官の経験と判断に任せられている。

生分解性素材で作られた納骨壺。埋葬の際、穴に生分解されないものを入れるのは一切禁止。この点でも通常の墓地とは一線を画し、自然葬のコンセプトが徹底されている
写真7 生分解性素材で作られた納骨壺。埋葬の際、穴に生分解されないものを入れるのは一切禁止。この点でも通常の墓地とは一線を画し、自然葬のコンセプトが徹底されている

自然への回帰

近年、自然回帰型の埋葬を希望する人が増えている。前述したAeternitas e.V.の資料によると、森林葬を望む人の割合は24%(2024年)と、墓地での埋葬に次ぐ多数派となっている(図1)。2019年の調査に比べ、森林葬の割合は5ポイントもの急上昇だ。海への散骨、川を含めた自然の中での散骨を含めれば、自然葬を希望する人の割合は43%と、墓地での埋葬を上回るに至った。

2026年現在、森林葬と海への散骨は許可されるが、その他の自然界への散骨は基本的に許可されていない。「遺体・遺灰は墓地に埋葬されなければならない」という原則からすると、海は不可のはずだが「散布する海岸を墓地と認識すれば大丈夫」のような、無理やり感のある理屈で通している。それなら川での散骨も構わないだろうし、自宅に保管したり庭に埋葬したい遺族も少なくない。時代に合わせ、個々人の要望に合わせた柔軟な対応が求められている。

ドイツにおける埋葬様式の希望割合(2024年)。あくまで希望であり、すべてが可能なわけではない(Aeternitas e.V.の資料より)
図1 ドイツにおける埋葬様式の希望割合(2024年)。あくまで希望であり、すべてが可能なわけではない(Aeternitas e.V.の資料より)

徹底した自然葬のコンセプト

筆者は山を歩くのが好きでブナ林にも頻繁に足を運ぶ。気になったのは所々に積まれた枝の小山で(写真7)、他の森ではあまり見かけない。マテム森林官によれば、これは小動物のために作っているもので、いわば「虫のホテル」だという。ヴィーゼンバッハの森はとりわけ手入れが行き届き雰囲気が明るい。

マテム森林官:「葬儀当日の仕事は、契約された木の根元に穴を掘り、自然の枝を穴の周辺に敷くなどして見た目を整えます。私が納骨壺を穴に収め、参列者が花や土をかけて儀式は終わりです。参列者の姿が見えなくなってから穴を埋め戻し、ゴミを片付け、自然に還らないものは一切その場に残しません」。

そこに納骨壺が埋められたことを示すのは、木に打たれた小さなプレートだけで、そこには名前と生年月日、逝去年月日が刻まれている。数日もすれば、埋めた痕跡はきれいに消えてしまう。遺体は自然に還り、残るのはそこに埋葬された記録と思い出だけになる。

メンテナンスフリー

森林葬には自然回帰の想いを果たせるだけでなく、実利的なメリットもあるそうだ。

マテム森林官:「森林葬は墓の手入れが一切必要ありません。一般の墓地だと、残念ながら必ず荒れている墓があり、管理者に苦情が来ます。遺族が墓から遠く離れた土地に住むことがごく当たり前の時代ですから、この点も好まれています」。公的な墓地も手入れ不要の墓や納骨スペースを提供しているが、自然に包まれた眠りに価値を見い出す人は想像以上に多い。墓の基本契約年数は15年で、随時延長可能だ。一族で利用したい場合は99年契約もある。料金は通常の墓地に比べ遥かに安価で済む。

事業としての課題は何だろう?

シェッフラー氏:「競合事業者が増えています。森林葬のオリジナルはスイスで、当社がそのコンセプトをドイツに移植しました。森林葬を端的に表すFriedWaldという言葉は、当社が商標登録していますから他社は使えません。しかし現実には、当社のシステムとノウハウを吸い上げて事業を進めるところがあります。

死は決して楽しいテーマではありませんが、故人の望みをなるべく実現するにはどうすればよいか。そして、遺族と社会にとってより良い葬儀のあり方を見つける姿勢が大切だと思います。日本でも森林葬の事業に興味のある方は、ぜひご連絡ください」。

筆者は取材前、ドイツの葬送文化は保守的で安定しているという漠然としたイメージを持っていた。何しろ、毎日見かける街の墓地は20年たっても30年たっても外観に変わりがない。しかし実際は、人々の意識を後追いする形で規則と内容は揺れ動いていた。社会・経済・環境の要請は時代とともに移り変わり、自治体、葬儀産業、墓地管理者には常に変革の努力が求められている。

  取材協力:
  Aeternitas e.V.

  FriedWald GmbH
  Hauptfriedhof Karlsruhe
  Meine Erde

◆ “松田雅央 「コラム:ヨーロッパの街角から」『日経研月報』、Vol.554、2026.01.”を加筆掲載

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