
ドイツ(正式名称:ドイツ連邦共和国)を構成する16州は、それぞれが「準国家」と呼べる政治主体だ。地方自治体に比べ、はるかに強い地位にあり、連邦国家と並ぶ高度な統治レベルを持っている。国家と違い外交権はないが、一定の範囲内で経済協定を結ぶなど外交に近い活動が可能だ。
州によって戦略は様々だが、大きな州はおのずと経済規模に見合った国際的なポジションが必要になる。本稿では特に、人口・経済規模が大きいバーデン=ヴュルテンベルク州(以後BW州と表記。筆者在住)を取り上げる。連邦と州の関係に着目し、国際経済の視点から州の在り方を考察してみたい。
休日が違う!?

筆者がドイツに住み始め、まず戸惑ったのが州による制度の違いだった。慣れない者にとっては何かと不便が多い。
例えば、州によって法定休日が異なる。クリスマスや年始(1月1日)、再統一記念日(10月3日)などは共通だが、その他は州によってかなり違う。ドイツの休日は主にキリスト教の祝日とリンクしているが、州の成り立った基盤がカソリックかプロテスタントかにより差異が生まれる。ビジネスの場面ではずいぶん不都合な話だ。ドイツ人は生まれた時からそういうシステムなので不便さを気にしている様子はないが、筆者は30年経った今もしっくりこない。
さらには、学校の休日も州によって異なる。2026年の場合、もっとも早く始まるヘッセン州の夏休みは6月29日~8月7日なのに対し、一番遅いBW州は7月30日~9月12日といった具合だ。ただ、休暇時期のずれにはメリットがあり、観光業の繁忙期が良い具合に分散される。日本のように夏休みの1か月にすべてが集中するのではなく、2か月以上にバラけるから、業者にも観光客にも好都合だ。
基礎教育のシステムも州によって違いはあるが、州をまたいだ転校は可能だ。ただし、教育水準は一般的に北部より南部の方が高いと言われている。筆者がドイツの大学に通っていたころ、数学科のルームメイトが北の大学に転学していった。理由は、北の大学の方が授業が簡単だから。ドイツの場合、卒業してしまえば出身校のネームバリューはほとんど意味を持たないので、学業がより楽な地域を選ぶ学生は珍しくない。
連邦法と州法
警察は原則として州の管轄だが、州をまたいだからといって、刑法が変わるわけではない。2024年、大麻に関する新しい法律が施行され、(量に制限はあるが)所持と使用が合法化されている。これは連邦議会で制定された全国共通の法律であり、すべての州で適用される。しかし、現場における取り締まりの強弱は州によって多少の違いがあるようだ。
外交や国防は連邦の専権事項だが、教育、環境、文化、自治体制度などは州の管轄で、憲法と連邦法の枠内で独自の法律を制定する権限を有している。連邦法と州法という2重構造になっている。憲法を順守し国の一体性を損なわないという絶対条件の下で、州の責任において独自の政策を実施できる。教育、環境、文化は土地柄と固く結びついており、統一性より地域性が尊重される。
自治体制度も同様で「州、県、郡・都市、町・村」のような行政構造も州によってかなり違う。BW州の自治体首長は任期8年だが、隣のバイエルン州は6年で、これらは各州の法律で定められている。 連邦法と州法の関係性は、行政の仕組みを研究するうえで興味深く、インタビューの際、筆者はかなり細かく気にする。しかし、以前話を聞いた実務レベルの自治体職員(都市計画)は、その点に無頓着だった。ある業務の法的根拠が連邦法なのか州法なのか尋ねたところ「さあ? でも、どちらでも同じでしょう。」と言われ、意識の違いに驚いた覚えがある。部署によっては、連邦法と州法を切り分ける必要性が感じられないということだろう。
経済の管轄は?
では経済政策はどうか。結論から書くと「連邦と州の両者の管轄」となる。経済の枠組みやルール(独占禁止、通商政策、税制の基本的な枠組みなど)は連邦経済省が担い、地域経済の運用(投資の促進、産業育成、イノベーションなど)は州経済省が管轄する。州行政の最高機関は、部や局ではなく省となり、各省に大臣と事務次官が存在する。州のトップは「州首相」、あるいはドイツ語の語感をそのままに訳すなら「州大統領」となる。
ドイツは人口約8,470万、名目GDPは日本を抜き世界第3位の規模を誇る。本稿の対象地域であるBW州はドイツ南西部に位置し、人口は約1,125万、名目GDPは6,500億ユーロ(2024年、州統計局)に上る。強力な産業基盤と高いイノベーション水準のおかげで、ヨーロッパで最も経済力のある地域トップ10にランクインする。別の指標を引き合いに出すなら、経済規模はスウェーデンに匹敵する。メルセデス・ベンツやポルシェを筆頭とした自動車産業、機械工業、精密機器、ソフトウェアなどが巨大な経済を支え、さらに中小製造業がその基盤を下支えしている。
国際戦略
州としての国際経済戦略も存在する。ホフマイスター・クラウト州経済相(Dr. Hoffmeister-Kraut)に話をうかがった。
経済相:「新型コロナやウクライナ戦争、そして中東情勢の急変を通じ、国際的なバリューチェーンやサプライチェーンがいかに脆弱であるかを痛感しています。州としてもその多様化に向けた新たな市場の開拓が重要な目標です」。
BW州は、経済力、イノベーション力、活発なスタートアップ企業、そして高い生活の質が組み合わさっている点に特色があるという。
経済相:「とりわけ特徴的なのは、強力な中小企業群です。各分野で世界市場をリードする『隠れたチャンピオン』が多数存在します。さらに、産業・研究機関・大学の緊密な連携が、継続的なイノベーションを推進しています。課題は、専門人材の不足、気候中立型技術への転換、行政および経済のデジタル化。経済成長と持続可能性とのバランスをどのように確保するかに腐心しています」。
国際経済戦略を統括するのは州経済省だが、実務は州が1984年に立ち上げた専門組織BW-I(バーデン=ヴュルテンベルク・インターナショナル)が主に担っている。およそ100名の専門職員を抱えるBW-Iの国際・企業誘致部門の責任者カーネリア・フランク氏(Cornelia Frank)に話をうかがった。
フランク氏:「当組織はBW州におけるビジネスと科学の立地促進を担う中心的な機関です。私たちの目標は、グローバルな競争において、BW州を魅力的な地域に育てることです。ビジネスと科学の拠点としての世界的な認知度を高め、魅力的地域にすること。新たなステークホルダーを惹きつけ、地元の企業や研究機関の国際化への取り組みを強化・支援します」。
BW州は、戦略的に重要な13の国に経済代表部や海外事務所を置き、当州の企業の活動と、科学・技術機関の国際化への取り組みを支援している。日本にも州の経済的利益を代表する事務所を置き、日本市場に関心のある州企業の最初の窓口となっている。
フランク氏:「各国に駐在する担当者は、特に中小企業やスタートアップ企業にとって頼りになる存在です。専門知識を持つ職員は地域の事情に通じ、市場に関する情報提供、人脈の紹介、そしてビジネスを成功させるための個別のアドバイスを行っています」。
ビジネスと科学技術の連携が成功のカギ。そして科学・技術・中小企業がキーワード。視野を国際社会に広げ、ハイテク分野に力を入れ、地域産業の強化を模索する様子が見て取れる。

メイド・イン・BW
BW-Iが、日本のとある自治体視察団のためにコーディネートした視察に同行し、再生可能エネルギー関連の研究所を訪問したことがある。
自動車産業に限らず、機械・精密機器分野も中国の追い上げが激しい。再生可能エネルギーに関わる環境技術も同様だ。厳しい状況の中、国際的にみたBWの強みは何なのかを研究所長に質問してみた。「州内には、中小企業を含め高い技術を有する企業が多数存在します。例えば、新たなコンセプトとアイデアを取り入れたモジュールを新規に製作する場合も、9割以上のコンポーネントを州内で調達できます。質の高い産業の蓄積があるからこそ可能であり、先端技術を詰め込んだ製品をメイド・イン・BWで作れる点が強みです」。
メイド・イン・BWというフレーズが印象的だ。モノづくりの視点から、このフレーズをどのように受け取るか、経済相にも質問してみた。
経済相:「これは単に製品の出所を示す言葉ではなく、品質、精密さ、革新精神を象徴するものです。信頼性、技術的卓越性、そして持続可能性を示し、国際競争力を備えた最高水準のソリューションを生み出す約束です」。
末尾となるが、準国家に関する話を付け加えておきたい。以前、BW州の食糧・農村・消費者保護省の事務次官にインタビューした際、次のようなコメントをいただいた。「BW州は、人口・面積・経済の面で、(準)国家として理想的な規模です。大きすぎれば小回りが利かず、小さければやりたいことができません」。国の規模が大きくなれば官僚制の弊害が濃くなり、柔軟性に欠け動きが鈍る。政策決定プロセスも不透明になりがち。逆に小さ過ぎれば、財政の制限から大きなプロジェクトに手を出しにくくなる。筆者はそのような意味に受け取った。
どの規模を理想とするかは人それぞれだが、連邦国家と州の関係を考える上で、示唆に富む見解だと思う。連邦と州の絶妙なバランス感覚が、しなやかでありながら強靭なドイツの経済と地方分権社会を支えているのではないだろうか。
| 取材協力: BW-I : Baden-Württemberg International BW州経済省 : Ministerium für Wirtschaft, Arbeit und Tourismus Baden-Württemberg |
◆ “松田雅央 「コラム:ヨーロッパの街角から」『日経研月報』、Vol.555、2026.04.”を加筆掲載

