
欧州連合(EU)の目指すものを一言で表すなら、欧州の平和・繁栄・自由の希求と、世界の平和・安定への貢献である。欧州議会はその中核機関として立法を司り、720名の議員が市民の声を代表している。27加盟国の合計人口は4億5千万を超え、世界最大級の立法機関ということができるだろう。
ここでは、ドイツ選出のミヒャエル・ブロス議員(Michael Bloss MEP)への単独インタビューを基に、日本からはなかなか見えにくいEUのあり方、特に欧州議会の位置づけと環境戦略に焦点を当ててお送りしたい。
出発点は平和の希求

ニュースの国際欄を読めば、日本でも毎日、何かしらEUの話題を見つけることができるだろう。また、仕事を通してEUを身近に感じている読者は少なくないと思う。しかし、改めて「EUとは何か」と問われ、詳しく答えられる方はなかなかいないのではないだろうか。
EUは戦後間もない1952年に6カ国で発足した欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)を出発点とし、70年を超え拡大を続けてきた。その歴史と役割を簡単に説明することはできないが、それを承知であえてブロス氏にEUとは何なのか質問してみた。
ブロス氏:「EU(の母体)は、第二次世界大戦後、経済協力を目的に設立されました。その背景となったのは、経済を統合して戦争を防ぐというアイデアです。これは見事に成功し、70年以上、加盟国間の武力衝突は起きていません。これほど長く戦争がないのは欧州の歴史上、極めて稀なことです」。
欧州の歴史は戦争の歴史だ。20世紀に入ってからだけでも2度の大戦を経験している。「経済を統合することで紛争の根を断つ」という斬新な視点とその実行力に深い感銘を受ける。
ブロス氏:「ドイツもフランスも世界のなかでみれば小さく、単独で中国やアメリカと対峙するには力不足です。グローバル化が進むなか、経済や政治で影響力を発揮するには協働するのが唯一の方法です。
実際、EUは世界最大級の単一市場として、強大な力を持っています。例えば中国との間ではEVの関税が懸案となっていますが、もし各国が個別に交渉するとしたら大きな成果は期待できないでしょう」。
共通通商政策はEU権能条約3条に定められている通り、EUの専権分野だ。貿易に関わる法律を作り、国際的な貿易協定を締結する権限を持っているのはEUだけで、個別の加盟国にはない。
これはすなわち、国の根源的な権限である通商政策の自由度をかなりの部分で移譲することを意味する。極めて重要な決断ではあるが、結果として、各国はより大きな利益を得ている。いずれにしろ、国同士の理解と強い信頼があってこそ成り立つ仕組みだ。
主な機関

ここで、EUの主な機関を簡単に説明しておこう。
- 欧州議会(European Parliament)
– 5年ごとの直接選挙で選ばれる議員で構成、欧州市民を代表 - 欧州理事会(European Council)
– 各EU加盟国の大統領または首相で構成、政治的方向性を決定 - EU理事会(Council of the European Union)
– 各加盟国を代表、閣僚が出席 - 欧州委員会(European Commission)
– 立法準備を行い、EU法の施行と順守を担当、予算執行を司る - 欧州司法裁判所(Court of Justice of the European Union (CJEU))
– EU法の順守や平等な適用を判断
欧州議会は、EU理事会と共同で法律を策定する。また、欧州委員会が提出する予算案を拒否する権限を持つなど、政策運営を常に監督している。単純に計算しても1人の議員が60万市民の声を代表することになり、その責任は重い。
理解を深める
ただ、欧州議会が市民に身近な存在かと問われれば、単純にそうとは答えにくい。すべての加盟国がEUの理念「自由・民主主義・人権および自由の尊重・EU法の尊重」を共有しているとはいえ、言葉と文化が違い、日常の接点がほとんどない遠国と共同体であると言われても、正直、イメージがわかない。あくまで筆者の個人的意見だが、欧州議員の存在は、国会議員よりずいぶん遠く感じられる。
ブロス氏:「欧州議会議員は民主的な選挙で選ばれ、ドイツには96議席が割り振られています。私はバーデン=ヴュルテンベルク州(人口約1,100万)という広い範囲で活動しており、すべての地域にいつも密着するわけにはいきません。
一方、ドイツ連邦議会(国会)の議員数は700を超えています。こちらの場合は、同州で17名の緑の党所属議員が選出されていますから、状況が異なります。
欧州議会はEU理事会と共同で法律を策定する重要な機関ですが、確かに必ずしも市民になじみ深いとは言えないでしょう。しかしながら、連邦法の80%はEU法を国内法に反映させたものであり、EU法はとても重要です。残念ながら、このことをよく理解しているEU市民は多くなく、またメディアで取り上げられることも少ないのが実情です」。
※ 連邦議会の基本定数は598だが、超過議席の発生により毎回人数は変化する。2024年現在の議員数は736。
欧州議会の重要性を市民に理解してもらい、身近な存在として感じてもらうため、EUもメディアも為すべきことは多い。ちなみに、本会議場(写真2)は会期中も含め一般公開されており、EU市民に限らず誰でも見学できる。

民主主義のコスト
EUと聞いて多くの人がまず思い浮かべる都市は、欧州委員会と欧州理事会のあるベルギー・ブリュッセルではないだろうか。EUに首都という概念は無いが、あえて言えばブリュッセルがそれに近い。第二次世界大戦後のフランスとドイツの和解の象徴として、本会議場はあえて係争地だったストラスブールに置かれた。加えて、一極集中を避ける狙いもある。
ただ、一か月に数日だけ開かれる本会議のために、3,000名以上の議員とスタッフが移動しなければならず、その費用だけで年間1,400万ユーロを超える。また、移動に伴い多量のCO2が発生するから、環境保全を謳うなら、本会議場をブリュッセルの会議場に一元化するべきとの考えもある。至極もっともな意見だと思う。しかし一方で、民主主義は手間と金がかかるものであり、効率だけで物事を判断するのは危険だ。
公用語(24カ国語)の運用も同様で、情報へのアクセスを保証するため、扱いは話者人口の規模によらず、すべて等しい。公式文書の作成も同様で、相応の人手と金がかかる。(すべての公用語で作成されることを規定しているが、広くEU市民全体にかかわるものではない文書については、必ずしも当てはまらない)。これらはEUのモットーである多様性の中の統合(United in Diversity)を促進させるための対価と考えられている。
統一規則の必要性
さて、このコラムには、よくEUの環境政策の話題が登場する。欧州で環境をテーマに調べれば、ほぼ必ずEUの政策や法律との関係が浮かび上がってくるからだ。
ブロス氏:「EUは単一市場なので、環境保全に関する共通のルールが必要です。バッテリーのリサイクル規則がひとつの例でしょう。商品は国境を越えて移動し、環境被害に国境は関係ありません。汚染物質が川に流れ込めば、流域すべての国が被害を受けます。ですからEUのレベルで環境規則を定めることが必須で、EUは環境保全に対する多くの権限を有しています。
現在は、グリーン・ディール(気候保護や環境保護の総合政策)を基にした2050年の気候中立の実現、有害物質の無い環境(toxic-free environment)の実現、循環経済の達成などが、全体の課題となっています」。
死の星と経済
環境と経済は社会の両輪と言われるが、これについての見解は?
ブロス氏:「人は環境の中で生きていますから、私にとっては自明のことです。地球上の資源とキャパシティーには限りがあります。近年の気候変動をみても、人類が環境に与える悪影響は明らかで、発生する被害は天文学的な額になります。
気温が上がって大気の含水量が増え、例えばオーストリアでは数日間で年間雨量に匹敵する雨が降るような事態が起きています。欧州は近代産業の発展に伴い、平均気温が約2℃上昇しました。農業被害も甚大です。スペインは農業大国ですが、気候変動がこのまま続くとあと数年で後戻りのできない状況になると危惧されています。
人類はこれまで経験したことのない気候変動に直面しています。もし環境の破壊が進めば、経済は破綻します。死の星に経済は成り立たないのです。環境と経済は2者択一ではなく、両立されなければなりません。
例えば欧州は化石燃料の使用によるインフレに見舞われているます。(ウクライナ紛争で)ロシアからの天然ガス供給が途絶えると、天然ガスをはじめとしたエネルギー価格が暴騰しました。市民も企業も高額な暖房費に悩まされています。
それに代わるのが再生可能エネルギーであり、その燃料費はゼロです。太陽も風も、燃料代を請求されることはありません。ドイツでもソーラーと風力の開発が進み、脱石炭発電は予定より3年程度早いペースで進んでいます。
脱化石燃料経済はグリーンエネルギー投資の呼び水となり、経済の効率化につながります」。
ブロス氏の所属する緑の党は、いわゆる環境政党である。彼の軸足は環境保護に置かれているが、かといって決して極端なスタンスではない。今の時代、熱意に差はあっても、すべての政党が環境保全の重要性を掲げている。
欧州の知恵
インタビュー当日、ブロス氏は待ち合せのレストランに自転車で現れた。ユニクロのジャンバーを羽織り、店に入っても両手をこすっている。事務所に通うのも自転車だ。
活動の中心となるブリュッセル事務所のスタッフは3名、シュトゥットガルト事務所1名、ベルリン事務所1名の陣容で政務をこなしている。人件費を含めた経費の内訳は公開されており、寄付は政党を通さなければ受け取れない。ブリュッセル(ベルギー)のスタッフの人件費には税金はかからないが(EUが国際機関であるため)、ドイツの場合はしっかり課税されるなど、国によって規則が異なるそうだ。
EUは経済的・政治的協力関係を持つ民主主義国家の集まりであり、当然、各国の思惑と利益がぶつかり合う。常に主導権を握れるという点では主要国であるフランスやドイツが有利だが、かといって小国が不利というわけではない。議員数は人口比を基に配分されるが、小国に配慮し重点配分されているため、国力を上回る存在感がある。議会に掲げられている加盟国の旗の大きさは皆同じだ。 特定の国が利益を独占して他を切り捨てるのではなく、議論を尽くしながら可能な限り最多・最大の利益を追求する。その仕組みの中に苦い歴史を教訓とした欧州の英知を垣間見ることができる。
| EU情報: 主に駐日欧州連合代表部のサイトから引用 |
◆ “松田雅央 「コラム:ヨーロッパの街角から」『日経研月報』、Vol.547、2024.12.”を加筆掲載

